~俺は今を選んだ 今を愛おしむために 俺は俺を選んだ 俺を愛おしむために~

本質は誤解を多くまねくやばい岩石の中に無数に含まれている

 
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詩と文学を愛し、絵を描く者 旧〝砂漠cafe〟を全面変更して 新しいブログをつくります 続くかどうかはわかりませんがね

本質は誤解を多くまねくやばい岩石の中に無数に含まれている

 

まるでネイティブを尊重する博愛主義者のような物言いで、その実極左な連中が綺麗ごとを並べ立てている。

原稿用紙(あるいは台本)何十ページにもわたる、お得意の屁理屈をしのばせて、自称理論武装をしている。

その究極の目的はカネか名誉か?自分たちの滑稽で傲慢なプライドの充足か?

極右を誇大に印象操作しながら理論理屈をあくまでも直線的に押し通そうとしている。極右だ陰謀論者だという言葉を右側にいる者の誰彼を問わずに投げつけて、自分の意見を押し通そうとしている。(実際のところ、極右と極左は裏ではつながっていることのほうが多いとみるべきだが)

ただ世はまるでこのような連中(というか輩)が主導権を握っているかのように見えもするが

狂いに狂いまくったマスメディアが、その共通の出自からの親和性(&共通の利益の取引)によって印象操作し、フェイクを流し、腐ったものに蓋をし続けた結果であるにすぎない。

日本で言えば財務省などの本来単なる国民主権のツールにすぎない機関に勘違いしてふんぞり返ってのさばっているあのクズども(あるいは盗人ども)とそちら側に斟酌する政治家、メディアの連中の顔や物言い、態度にそれが顕著に現れている。

彼ら彼女らの一見聞こえの良い理屈によれば目の前にいる家族よりも顔さえ知らないよその国の人々のほうが大事であり、長年目と鼻の先で交流している家族や友人知人よりもメディアに露出していて表面上華やかで人あたりが良い芸能人や歌手やアイドルのほうが価値があるのである。あるいは職場で言うならば現場最前線で汗水たらして肉体労働、頭脳労働をしている社員よりも会社の役員会や見てくれの外観や催し物のほうが大事なのである。

(今までは)あまり誰も言わなかったが、実際にやっていることはまさに極左そのものではないか。

彼ら彼女らの言動は、国を憂い、国のために古来の伝統や農産物、漁業、林業、畜産業を守る者たちは皆極右的な範疇に押しこめてよいと考えている節がある。それよりも〝DEI〟が大事なのだろう。日本で現に苦しんでいる国民よりも外国人のほうが大事なのだろう。多様性公平性の尊重なる教義から言うとだ。

ただここで言いたいのは少なくともワタシは彼ら彼女らとは全く違うという事だ。

彼ら彼女らの大好きな包括性(Inclusion)、公平性(Equity)の観点から言うなら、ワタシのような存在も当然すぎる程当然ながらいてよいのである。

もっと遠慮なく言うならワタシは彼ら彼女らの(DEIを過剰なまでに擁護して足元をなおざりにする)そんなあり方や考え方が大嫌いである。

今の時代そしてこれからの時代、

ひとつの真実が光を放ちはじめている。

それは

本質は誤解を多くまねくやばい岩石の中に無数に含まれているという真実である。

岩石は一見するとごつごつとしたただの岩だが、それを割って加工すればなかにある美しい宝石が光を放つこともある。

あちら側の連中(というか輩)は国を愛し国土の自然を大切にするこちら側の、ともすると岩のような無骨で不器用で寡黙であまり美しいともみえない人間をあまりにも軽視し馬鹿にしてきたが

もはや時代は変わったのである。

つまりワタシたちの時代が始まっているのである。

今まで好き勝手してきた驕り高ぶった連中の数々がいぶされて逃げ惑う虫のように表に晒されるようになるだろう。

大小を問わずあらゆる場所でそれは起きる。我々実直な人間たちを騙し、欺いてきた組織や会社は続々と潰れる。大小を問わずだ。邪悪な蛇たちはあちこちでお互いが嚙み合って死んでゆくのである。

岩のなかで眠っていた我々は自らの宝石を取り出して研磨しなければならない。

ただしそれは初めから終わりまで、全部自分の努力で自分の信念で自分の愛で自分の責任でやらなければならないのだ。

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